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4-21 アルマトイ・中央バザール 8/15

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アルマトイという街は、カザフスタンの旧首都である。1997年にアスタナに首都が移転するが、今でも人口150万人のカザフスタンの経済・文化の中心地である。この街はキルギスタンとの国境となっているアラタウ山脈という天山山脈の支脈の北麓にある。したがって街全体が北側に向かって穏やかに下る傾斜地に立地している。町並みはヨーロッパ調である。ソ連邦の一共和国であったために、道路標識の地名は公用語のロシア語で表記されている。古い建物はロシア風のものが多い。

カザフスタンはもともとカザフ族という遊牧民の住む地域であった。この地域を含む中央アジアは常に支配者をめまぐるしく交替させてきた地域であった。しかし、18世紀にウルムチ北西部のジュンガル盆地の遊牧民の侵略を受、ロシアに救援を求めた結果ロシア帝国の植民地となる。ソ連邦になってからはカザフ社会主義共和国という連邦国家として、ソ連の生産分業体制の中に組み込まれる。セミパラチンスクの核実験場やバイコヌール宇宙基地はカザフスタンの中にある。

ソ連邦が崩壊すると、いきなり独立せよと言われて共和国の第一書記(知事みたいなもの)がそのまま大統領となり国を治めることとなった。何の準備もないまま国家として独立したわけであるが、当然経済は大混乱となる。しかし、石油やウランなどの鉱物資源に恵まれていたため何とか持ち直して今日に至る。

大体、カザフスタンやウズベキスタンなどの中央アジアの国は日本にいるとほとんどなじみがない。国名は聞いたことがあるが、場所についての認識は非常に朦朧としている。大手の書店に行っても中央アジアについての本は少ない。何冊かの本でも著者が同じという状況である。研究者自体が少ないらしい。

午前中は市内観光である。添乗員の海野さんの案内でパンフィロブ公園と中央バザールを見に行く。公園まで連れて行ってもらい、そこで別れて自由行動となる。国立民族楽器博物館が有名な観光施設であったが、行ってみると11時開館と看板に出ていた。あきらめる。


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公園からほど近い中央バザールに行ってみる。中央バザールは巨大な施設で、複数の大きな建物で構成されている。食品売り場は巨大な一つの空間からなる体育館のような建物であった。ここに野菜や果物、肉や花などの店舗が並んでいる。


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肉屋の集まる一角だけでも相当な面積だ。肉は大きな塊りを注文に応じてその場で斧みたいな包丁で切り分けて売っている。


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野菜や果物の種類は豊富である。この店は展示にも気を配っている。ただ売ればいいということではなく、何かしらの調和を形作ろうという意識が感じられる。電気製品、日用雑貨、衣料などは屋外の市場敷地に店がでており、飲食店など地下にも店がある。

日本製の電気製品などもよく見かけた。一軒の店で象印のステンレス魔法瓶が大量に並んでいるのを見たときは驚いた。かなり広い市場であるが買い物客でごった返しており、活気のある場所である。見ていて飽きることはない。


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市場の中で写真を撮っていたら、若いお兄ちゃんのグループに声をかけられた。日本人だと言うといろいろ話しかけてくる。ロシア語なので分からず最初は警戒したが、写真を撮ってあげたらえらく喜んでいた。一緒に記念写真などを撮るとえらく興奮して盛り上がっている。どうやらただの気のいいお兄ちゃんらしい。

このバザールは面白い。言葉は分からなくとも、店の中に入って日本語でこれは何だと聞くとロシア語で説明してくれる。向こうも日本人と分かると珍しがって話しかけてくる。全くかみ合わない会話をしているかもしれないが、お互いに意思の疎通を図ろうとしたという共感が残ることが嬉しい。





by chukocb400sb | 2020-07-24 04:21 | 4 ウルムチからタシケント | Comments(0)

この旅行記は、シルクロードを西安からベネツィアまでレンタル・オートバイのパックツアーを乗り継ぎ、17年かけて走ってきた記録である。


by 山田 英司