6-41 漂う男たち 9/20
2022年 07月 15日
一方、アラビアンナイトの出てくる男はどちらかというと受け身で運命に翻弄される話が多い。「オズラー族の恋人たち」という話がある。昔、オズラー族という部族の中に美男で才能にも優れた男がいた。彼は同族の中の一人の女性に恋病んでしきりに求愛した。しかし女性は冷たく肘を食らわせて振り返りもしなかった。
男はとうとう重い病に伏せってしまい余命もはかない状態となってしまった。女は家族の者に説得されやっと男を見舞いに訪れた。男は瀕死の床の中で喜びの涙にかきくれて詩を詠んで女性にささげた。しかし詩を詠み終わるとそのまま静かに息を引取ってしまった。女性も男の思いの深さを悟り、嘆き悲しむが時はすでに遅かったという話である。
おい、なんか違うだろと言いたくなるが、アラビアンナイトではこれがいくつかある類型的な男性像の一つとされている。アラビアンナイトはいわゆる怪奇小説や通俗小説の分野の文学である。建前でなく、多分に当時のイスラム社会や市井の人々の気分感情や世相を反映したものではなかろうか。
「乞食王アッバース」という民話もある。昔のペルシアでは乞食は一つの職業として成り立ち、集団を作ってこれを束ねる親方がいた。ある若い裕福な商人がアッバースという乞食の親方の娘に惚れてしまった。この娘と結婚するためには乞食として認められ、乞食の集団の一員となるしかない。アッバースはこの若者に、町の中で一か月道端に座って手のひらを上に向け下を向いていろと命ずる。
若者は町の中では知られた人物だったので、これはかなりの屈辱的な姿である。しかし若者は言われた通り一か月町の中で座り続け、彼を知っている者も商売に失敗して無一文になったのだろうと同情してお金を恵んであげた。若者は一月の間道端に座り続け、アッバースも認めるところとなり娘との結婚も許しが出た。若者が一か月の間に稼いだ金はこれが意外と収入になり、彼は晴れて乞食の仲間になることができた。という話である。
「靴直しのアマルフ」は女房の家庭内暴力から逃げ回る亭主の物語である。どの程度の暴力かというと、ある日女房は夫に蜜の入った菓子を買ってくるように命じた。その日亭主は一文も稼げなかったので菓子屋の主人が気の毒に思って亭主に無料で菓子を分けてくれた。ところがそれに用いてあるのが蜂蜜でなく糖蜜だったので女房は気に食わないと菓子を叩きつけ、拳骨で亭主の顔を殴りつけ歯を一本折り飛ばしてしまった。
亭主は明日はきっと蜂蜜入りの菓子を買ってくるからと言ったが女房は聞き入れず、亭主が私を虐待すると言って裁判所に訴えた。裁判官はわけを聞いて二人を和解させようと菓子代を出してくれたが、女房は満足せず高等裁判所に告訴するのである。こんなことが続き、亭主はとうとう逃げ出し諸国を放浪するのである。
あてもなくさまよう亭主はある時魔法の指輪を手に入れ富をなし、一国の王となるのである。しかしそこにまたあの性悪の女房が現れるのである。亭主は女房を宮殿においてやることにしたが、この女房は魔法の指輪を手に入れてしまう。そしてこれを使おうとした直前に亭主の息子に成敗されてしまうという物語である。この話はアラビアンナイトの千一話目、最後の話である。
タブリーズからテヘランに帰る飛行機の中で、隣に座った若い男性から話しかけられた。日本人でバイクで旅行しているというと興味をもっていろいろ聞いてきた。名前はアリさんという。タブリーズに家族がおり自分は一人でトルコのアンカラに留学し数学を勉強しているという。のっけからこの国をどう思うかと単刀直入な質問が来た。
食事が美味い、歴史がある、だから奥行きが深い国である、と怪しげな英語で答えた。すると、この国はうまくいっていない、周りの国と関係が良くない。日本も昔戦争して今でも周りの国とうまくいっていないだろうと、怪しげな英語で話が続く。お互い怪しげな英語なので正確に自分の言いたいことが伝わっているとは限らないのだが、率直な物言いの中に彼の思いは伝わってくる。
この国は本来ならばもっと豊かな生活があるはずなのに現実はそうではない、思うようにいかないもどかしさや苛立ちである。アリさんの話からはそんな思いが伝わってくる。もっと話をしたかったみたいだが飛行時間が短く空港で別れるところとなった。イランの男はみな真面目に世を憂え平均寿命を76歳とし、女性は自分を主張し平均78歳まで男性より長生きするそうだ。
by chukocb400sb
| 2022-07-15 06:41
| 6 マシュハドからタブリーズ
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